有機化学という化学のアート
タイトルを見てきてくださった方は恐らく変態である。
自己紹介で「有機化学が好きです」といっても誰もそれに触れようとしなかったり、よくわからないと言われたり、へーという無関心な返事で終わる。
なので変態である。間違いない。
さて、私は有機化学こそ科学のアートと呼ぶのにふさわしいと思っている。
構造式を見たことがあるだろうか。炭素と水素に少量の窒素や酸素、ごくわずかのほかの元素だけのシンプルな材料の化学である。
以下のようなものである。
これはジアゼパムという化合物で抗不安薬として用いられている歴史の古い薬物である。見ればわかる人にはわかるが、美しい。芸術である。
この形の物質が、日々の虚無感の森に迷い、絶望に暮れている者たちを出口にいざなうのである。なんとも美しい。
ちなみに、以下の構造式を見てほしい。
上の構造式とほぼ同じである。この「R」の部分は側鎖といい、様々なものが引っ付く。この基本骨格を持つものをベンゾジアゼピン系の化合物という。
側鎖をいじれば作用の強さや用途別で効果を変えることができる。
これも有機化学の面白いところで、同じような構造は同じようなふるまいをするがちょっと違うため、無限にいろいろ作り出せるのだ。
ベンゾジアゼピンは抗不安作用を持つ薬物で革命的な化合物であった。
うつ病というのは昔からあるが、昔はバルビツール酸系と呼ばれる鎮静剤を使っていた。一応バルビツール酸の構造式を示しておく。
この構造式をちょっといじくったやつは鎮静剤として使うことができ、麻酔薬や睡眠薬としても使えた。さらに不安もなくなったのであった。
不安がなくなるので、うつの人が飲んでいたわけだが、当然眠くなってしまうという副作用があったが、”不安”というのは脳が興奮しているからで、そりゃそれを鎮めるんだから眠くなるのは当然だという風潮があった。
さて、ここでベンゾジアゼピンが登場してくるのだ。
ベンゾジアゼピンは眠気を感じることなく不安のみ軽減することができた。
これが何を意味するかというとただ副作用がないだけではない。
「不安」と「眠気」は別の脳科学的メカニズムであることが分かったのだ。
このような「歴史」が一つの構造式の中にあるのだ。
たった炭素や水素、窒素酸素の組み合わせの中に、こんなドラマがあるのだ。
これはもう芸術ではないか。
そう思う人は?